授業開始の10分読書をしている。
私はチャイムが鳴る前に教室に入り、
子どもたちはチャイムが鳴ると読書を始める。
少々私が教室に遅れて入っても
子どもたちはチャイムがなると読書をしている。
タイマーで10分計り、
タイマーが鳴ると始業の挨拶をする。
一昨年は全員が読書に入るのに3分以上かかったところもあったが、
今年はほぼ30秒以内には読書に入っている。
そうするように私が厳しく言ったわけではない。
ただ教室に入ってタイマーをセットするだけだ。
私は黙々と出席簿に必要事項を記入し、
返却するプリントを教卓の上に載せて準備するだけだ。
これが「文化」というものだろう。
現代文の時間ではチャイムが鳴ったら読書をするという
文化ができあがっている。
文化を作ったのは私ではない。
子どもたちだ。
そういう雰囲気に教室がなっている。
だから『学び合い』である。
かといって、全ての教科でも
静かに授業に取り組んでいるということでもない。
私の力というよりも
実は本の力であり、
『学び合い』の力である。
私はただ機会を提供しているだけ。
そしてそれを続けているだけ。
子どもたちにとって有益なことが続くと、
それは「文化」になる。