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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

機嫌を言ふべからず

機嫌を言ふべからず

みなさんは何のために勉強をするのかというと、学力を付けるためだろう。学力の定義はいろいろあるが、ひとまずおいておくことにする。

じゃあみなさんがやっている勉強(作業・活動)は、学力を付けることになっているのかどうかよく考えてほしい。

よく見かけるのが、みんなで音読をしているにもかかわらず、音読せずにファイル整理をしている。または、教師がこれから取り扱う作品の概要を説明しているにもかかわらず、黒板に書かれてあるものを必死にノートに写している。

さて、この、「今やるべきことをやらずに、今までやらなかったことの埋め合わせをする」行為は、学力を付けることになっているんだろうか?

今までやらなかったことの埋め合わせをするのは必要だが、それは今やるべきことなんだろうか?埋め合わせを今やったとして、今できる活動(例:音読)、今受けられる情報(例:教師の話)はいつ埋め合わせができるのか?

あとで音読をすることは可能かもしれないが、少なくともみんなと音読をすることはできない。そしてあとで教師の話は聞くことができないのだ。

その時にやるべきことをやらなければならない。

しかし、「今は中間考査の後だから、ちょっと休もう。」とか、「今は県大会前で大変だから。」とか、「体育祭の準備があるから。」とか言って「機嫌(タイミング)がわるいから。」という言い訳で延ばし延ばしにしやすいけれど、期限が切られているものに関しては、「今」やらなければならない。「期限」は卒業だったり、「入試」だったり、「死」だったりする。

以下に挙げる徒然草の章にも書いてある。機嫌(タイミング)が悪い時に何をやっても身につかないのだが、期限が切られているものに関してはタイミングだなんのと言っていられないのだ。

「入試」「卒業」は「沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。」なんです。

徒然草   第155段

 世に従はん人は、先づ、機嫌を知るべし。序(ついで)悪(あ)しき事は、人の耳にも逆(さか)ひ、心にも違(たが)ひて、その事成らず。さやうの折節を心得べきなり。但し、病を受け、子生み、死ぬる事のみ、機嫌をはからず、序悪(あ)しとて止む事なし。生・住・異・滅の移り変る、実(まこと)の大事は、猛き河の漲(みなぎ)り流るゝが如し。暫しも滞らず、直ちに行ひゆくものなり。されば、真俗につけて、必ず果し遂げんと思はん事は、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく、足を踏み止むまじきなり。
 春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾(つぼ)みぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず、下より萌(きざ)しつはるに堪へずして落つるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ちとる序(ついで)甚だ速し。生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。四季は、なほ、定まれる序(ついで)あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。