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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

不思議なアイロニー

不思議なアイロニー

「捨てることで得るものがある。」

みなさんの勉強方法を見ると、おもに「記憶する」という時間が多いように見受けられる。記憶だけが勉強なのか?少なくとも「記憶」は「学び」ではない。

残された時間が無いと記憶に頼りがちになる。歴史のような「暗記科目」といわれるようなものに対して、直前の数時間記憶の時間に割り振る。しかし、短時間に詰め込んだ記憶、反復練習されない記憶というのは、あっという間に無くなる。漢字テスト、古文単語テストなんてその最たるものだろう。

記憶に偏った勉強方法を「捨てる」ことで、得るものがある。それは「方法」を学べるのだ。

もちろん「方法」は一朝一夕に身につけることはできない。しかし、現代文の授業中、黒板に書かれた文字をノートにコピーすることに費やしていることで得るものは、「人の話を聞かないで素早くノートに文字を書き写す」力だけだ。

これをやっていても文章を読み取る「方法」は身につかない。「記憶」のための勉強時間を捨て、「方法」を身につける勉強時間に割り振ろう。方法は時間が経ってもなかなか消え去らない。自転車のパーツの名前は忘れても、自転車を乗る方法は身についているし、一度身についたらほぼ一生自転車に乗れる。

文章を読む方法を身につけたら、どんなときでもそれは思い出され、「解」を導き出すことができる。「数学の問題の解き方」でも同じ事がいえる。

文章を読む方法の身に付け方……授業中にみなさんに私が求めていることがまさに「身に付け方」なんです。何度も読み、顕示語、多出語に注意してノートにまとめる。

記憶の勉強を捨てることで、解を得る方法を得ることができる。

まさに不思議なアイロニー。