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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

世界につながっているか

はらだ みずき著「サッカーボーイズ15歳 約束のグラウンド」角川書店

サッカーボーイズ」シリーズは主人公遼介の小6時代(十二歳)から始まる。そしてこの本は中3時代の15歳だ。教えたくない理由は、新潟中央高校にはサッカーを経験している人は少ないだろうから、サッカーをあまり見たことがない人にとって、ほぼ3分の1くらいサッカー用語でちんぷんかんぷんだろうからだ。練習の仕方を主人公が考えたり、コーチから与えられた課題のサッカー用語や、試合の描写なんかは、サッカーを見たことがない人にはほぼ理解不可能だろう。しかし、日本代表の試合くらいはテレビで見るという人は、大体わかるから大丈夫。

今までサッカーを専門としていた監督がいなかった桜ヶ丘中学校に転勤してきた新監督が、チームを新しく作ると言ってほとんど説明のないままメンバーを決めたり練習をする。それに疑問を持った選手たちは気持ちがバラバラになっていく。そんな時、小学校時代一緒のチームでサッカーをしていたが、突然引っ越してしまった(家族で夜逃げをした)琢磨から連絡があった。母子家庭だったが母親が死んでしまい、孤独になって、サッカーもやめてしまった。祖父の所に引き取られたが、あまり歓迎はされていなかった。小さい頃に慣れ親しんだ街に帰ってきたいということで、小学校時代のコーチの協力で遼介と同じ中学校に通うことになる。

選手の起用について監督に意見したチームメイトをかばって、遼介も部活動停止を申し渡されしまった。反省文を提出するまで部活動に行くことはできない。すぐに反省文を出す気のない遼介は小学校のグラウンドで自主練をしていた。そんな時、チームメイトでフォワードの良(りょう)と琢磨が「海まで行こう」とサイクリングに誘う。

海に着いたら、おもちゃのボールで3人でボールを蹴り合った。幼なじみたちでボールを蹴りながら、母親を喜ばせるためにサッカーをやっていたが、母親が死んでしまった今はサッカーをやる意味がないと思ってやめてしまった琢磨が、「自分にとってサッカーとは何か」を考える。監督のさまざまな押しつけに反対していた遼介は「サッカーにおける自由とは何か」ということを考える。

それぞれが出した結論は、映画「桐島、部活やめるってよ」のテーマに通じるところがあった。「自分が撮りたいゾンビ映画をデジタルビデオではなく、8mmフィルムで撮り続ける」《映画部》前田涼也や、「高3ですでに他の選手は引退しているのに、部活を続け、夜、素振りをして練習もする」《野球部》キャプテン(なんと、役名がない!)、ブラスバンドの個人練習でサックスを吹いていた時、好きな男とその恋人のキスシーンを目にしたが、思いを吹っ切って全体練習で最高の演奏をした沢島亜矢《吹奏楽部》に通じるところがあった。

つまり、「自分のやっていることは世界につながっている」という確信だ。その確信があるものは「強い」ということだ。目の前のハードルを越えるためだけの「自己完結」ではなく、そのハードルを越えた先には「世界」があるということを意識すること。その「世界」には手が届かないかもしれないけれど、「世界につながっている確信」を持つことで、今やっていることの意味を見出せるということなのだ。

映画「桐島、部活やめるってよ」も観てもらいたくないが、お勧めの映画だ。だって、きっと観ていると辛いと思う人が多いと思うから。

この「サッカーボーイズ」シリーズは次巻「卒業ラストゲーム」で完結する。