Pay it Forward,By Gones

上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

友だち幻想 菅野仁 ちくまプリマー新書 2008

話題の本だったので読んでみた。特に新潟県でいじめ問題が顕在化しているので,話題になったときから読んでみた。

その中で,「エクリチュール」に関係した部分があり,やっぱり「言葉」というのは人間を形作っているのだと再認識した。

関係が深まらない「コミニケーション阻害語」

 他者との関係を深めるにあたって、自分が他者に対して「受身の立場」をとれるということも大事です。
 受け身の立場とは何かというと、相手が自分に働きかけてくれることに対して、それなりにきちんとレスポンスできるということです。
 それは、決して百パーセント相手に合わせることではないし、百パーセント丸ごと受容できないからといって親しさがないということではありません。違うところは違ってもいいのです。
 でも、なるべくいろいろな人の言葉に耳を傾けるということが、関係づくりのバランスを鍛える良いトレーニングになると思います。
 しかし、読者のみなさん、とりわけ若い皆さんが普段何気なく使っている言葉(しかも使用頻度がかなり高いと思われる)に、きちんとした受け身のレスポンスを取ることをいつの間にか阻害する働きをしてしまう言葉があります。
 そのことに気づいたのにはこんなきっかけがありました。私の娘が小学校の中学年ぐらいになったときに、むかつくとかうざいといったたぐいの言葉をよく使うようになりました。その辺から、友だちへのまなざしがどうもよくない、友だちをマイナスの面から見ることが多くなり、家族や周りの人たちへのギスギスした態度が目についていました。そこで、そうした言葉を使わないようにとアドバイスしてみました。その言葉にはいくつかあって、私はそれらをとりわけ子供たちにとっての「コミニケーション阻害語」と名づけて、気にかけるようになりました。

  《中略》

これから取り上げる言葉群は、異質な他者ときちんと向き合うことから自分を遠ざける、いわば〈逃げのアイテム〉としての機能を持ち、そうした言葉を多用することによって、知らず知らずのうちに他者が帯びる異質性に最初から背を向けてしまうような身体性を作ってしまう危険性があることを、私は指摘したいと思うのです。

言葉が身体性を形作る。まさに「エクリチュール」の捉え方だ。

筆者は「ムカツク」,「うざい」,「ていうか」,「ヤバイ」他をあげいてる。

意識しなくてもそれらが口からついて出てくるということは,身体からの言葉ともいえる。言葉に合わせた態度を取るし,言葉は他者に対して投げかけられるものだから,周囲の人はその言葉に合わせた付き合い方をしてくることになる。何か話をすると必ず「でも」と,相手を否定してから話し出す人はたくさんいる。そのうちその人には話しかけようとは思わなくなる。

言葉を変えることで自分を変え,コミュニケーションを変えることができる。

学部2年生の授業「教育実践基礎論」で,自分の模擬授業を全て文字化してくる課題を出している。そうすると今まで気づかなかった自分の口癖が分かってくる。それをもとに最終課題を課す。自分がおこなう授業への意識は言葉遣いに出てくる。私は高校教師になってからようやく自分の言葉遣いの偏りに気づいたが,これから教師になる学生さんには早めに自分の口癖と自分の授業への意識に気づいてもらうことを目的としたものだ。