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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

さよならテレビ

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高田世界館で鑑賞。最近高田世界館にしか行っていない。連続でいい映画をかけるなぁ。

東海テレビという地方局のドキュメント映画。夕方のワイドショー番組の舞台裏に密着して撮影しまくる。テレビ番組を作る側が映されるというところで、先ず軋轢が生まれているのが面白い。ワイドショー番組制作側は、テレビカメラをどんどん一般市民に向けて取材をするのだが、制作側にカメラが向けられると極端な拒否感を示す。当たり前かもしれないが、録る側が録られる側になることで自分たちのしていることを客観的に考えるようになるのだろうか?そこまでは描かれてはいなかったが。

愛すべき登場人物渡辺君(写真)は、見るからに不器用なアイドルオタクの成年だ。1年間派遣で制作サイドに入る。やることなすことが不器用で、失敗続きで、怒られ続き。え、こんなんでも派遣とはいえ制作に入れるの?と思ってしまった。現実にいる人だからあまりひどくは言えないけれど、いろんなでかいミスをくり返し、1年間で契約を切られてしまう。しかし、観ているうちに、こんな人がレポートを作る意味というのがあるんだろうな。普通の、不器用な人がテレビを作ることで、今までの「パッケージ化された」「整えられた」レポートに違和感を覚えてしまうようになる。「テレビは間違えてはいけない。」とか、「テレビは上手にやらなければならない。」とか勝手に思っている。直接私がテレビ局にお金を払っているわけじゃないのに。なんだろう、視聴者の上から目線は。どうして視聴者はそんなにえらそうに番組にものをいえるようになったんだろう?

取材や制作で残業が増える。しかし、月100時間以上は残業をするなと管理職からお達しが出る。時間もかけずにどうしていい番組ができるのか?短い時間で視聴率が取れるようなことって、矛盾している、と不満の声が上がる。東海テレビは視聴率3〜4位をさまよっている。視聴率至上主義が制作に覆い被さっているのだが、小学生や中学生の校外学習職場見学で、「テレビは何のために放送していますか?」という問いとともに「1事故、事件、災害などをいち早く市民に伝える。2弱者の声を伝える。3権力の監視役になる」ということを児童・生徒に伝えるこの矛盾。制作側も「本当にそれをやっているのか?」と問いながら、視聴率の上下に一喜一憂する。

ピックアップされる登場人物の1人、澤村は、契約社員なのだが、視聴率取り、スポンサーの宣伝番組を割り切って作っているものの、権力の監視役、弱者の声を伝えるという番組を作ろうともがいている。高い給料をもらって、会社の言いなりにならなければ首を切られてしまうという怖れから、ジャーナリズムを貫けない社員、契約社員の方がジャーナリズムを貫いているという対比があった。テレビにはもうジャーナリズムは存在しないのか?

表舞台に出るアナウンサーの苦悩と、裏方の思いの闇が現実なんだなと思った。フィクションよりもフィクションらしい映画となっている。出てくる人はとても生き生きと、悪あがきをしていて、人間味が伝わってきた。1秒たりともつまらないシーンがなかった。しかし、あのエンディングはどうなんだろう?森達也「FAKE」を彷彿とさせた。わざと監督はあんなエンディングにしたのか、最後だけフィクションなのか?全体がフィクションなのか?見終わってざわざわした。