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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

歴史を学ぶ意味

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今日の「教科の特質に応じた見方・考え方を働かせる授業づくりの実践と課題」では、社会科の「見方・考え方」について対話した。

学習指導要領には?

中学校学習指導要領には以下のようにある。

「社会的な見方・考え方」は社会的事象等を見た り考えたりする際の視点や方法であり、時間、空間、相互関係などの視点に着目して事実等に関する知識を習得し、それらを比較、関連付けなどして考察・構想し、特色や意味、理論などの概念等 に関する知識を身に付けるために必要となるものである。

そうなんだろうけれど、「時間、空間、相互関係」なんて言うのは、他の教科でも学ぶし、「考察・構想」だってそうだし、教科特有というと、「社会科の知識」を身に付けることくらいしか読み取れない。公文書だから、いろいろなものに当てはまるように書かれてあるのはわかる。それを教師のやりやすいように解釈すればいいというのもわかる。でも、じゃあ、何のために社会科って勉強するの?と言われて、これじゃあ答えられない。

それを的確に答えられるように考えておこうというのがこの授業の目的だ。

社会科の特質に応じた「見方・考え方」とは?

じゃあ、「社会科における時間」とは何なんだろう?ということになった。「時間」を学ぶ教科として、「算数・数学」、「物理」なんかが挙げられるのだけれど、いったい何が違うのだろう?そこで、「社会科における時間」とは、

人の営みの時間

だという話題になった。そうか、人間が関わる時間は社会科にしかないかもしれない。「時間の使い方」って、社会科で学ぶ。数学や物理では「使い方」なんて学ばない。そういうことなのか。過去を学び、今に活かす。それが人間の営みから学ぶことなのか?歴史を学ぶことなのか?ということになった。

どうして人は歴史から学べないのか?

そんなことを言いながらも、人間は歴史から学べず、同じことを何度もくり返す。戦争の悲惨な歴史は知っているが、何度も戦争をくり返す。最近では、過去にあった感染症の事実から学べずに対応が遅くなる。これって何なんだろう?あまりにも昔のことだから?外国のことだから?身近に感じられないから?それじゃあ歴史から学ぶことができないし、歴史を学ぶ意味もなくなってしまう。

「自分事」と捉えることができないからじゃないか?という話題にもなった。また、人間の「具体」を教材としているから、一般化、法則化、抽象化をしにくいからじゃないか?という意見も出た。「あれはあれ、これはこれ」と捉えてしまう。自分の生活には起こらないことと思ってしまう。または、過去の失敗策はたくさんあるが、改善策はほぼないからではないか?という意見もあった。

ファミリーヒストリーはなぜ面白いのか?

「歴史を学ぶと、いろんな繋がりがわかり、それが面白い」という歴史好きの意見があった。確かにいろんな要素が繋がると面白い。自分が住んでいる街には、こんなエピソードがあって、それを知ることで愛着が出てくる。「ファミリーヒストリー」で、自分のルーツを知ると、今までの自分がグレードアップしたような感じになる。それも歴史を学ぶ意味だ。過去との繋がりがなされることで、自分に新たな「意味」が加わってくる感じ。意味あるストーリーを作れるのは人間だけだという話に繋がってきた。

意味を見つける=愛着を持つ

今回の授業の発見は、繋がりを見つけることで、意味を見つけられる、ということだった。ストーリーを自分で見つける(作る)ことができるのが社会科という教科だ。しかし、社会科というと、用語暗記の授業が真っ先にイメージされる。それじゃあ意味は見つけられないよね、ということになってしまう。人の営みの具体から、ストーリーを作っていく学びが求められるんだという結論になった。