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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

あたかもホーム試合のような

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高校教師時代最後の勤務校新潟中央高校に進路講演会の講師として呼ばれた。うちのゼミ生で、新潟中央高校に赴任したU君が呼んでくれたと言ってもいい。久しぶりに会ったU君は、しっかりと高校教師になっていた。去年ゼミ生たちと授業を見に来た時に比べて、自信がついたような雰囲気だった。

よくあるように、いろんな講師を呼んで、生徒が選択して、同時並行的におこなうものだと思っていた。ところが、月歴を見てみると、「上越教育大学進路講演会」と堂々と書かれていて、びっくり。特別に呼ばれたの?なんて思ったのだけれど、今年はいろんな大学から日を別にして希望者が参加する講演会を開いているようだ。

転職5年目にして「公式に」新潟中央高校に呼ばれた。それまでは、授業検討会があったりして、伺っていて、こちらの研究費等で参加していたのだが、公式に呼ばれたので、旅費をもってもらっている。と言っても、本学の出前講座の一環なのだけれど。

2年3組の教室が会場で、この教室は、自分が担任だった時の2学年のクラスであり、私の勤務最後の年に受け持っていたクラスでもある。そして、「教師を希望する人に、上教大の宣伝も含めて、どのような心構えが必要か話してほしい」というオファーだったので、思いっきり話すことができた。新潟県の採用試験状況や、小学校の教員が不足していることや、世間を賑わしている教育問題のことや、もちろん「主体的・対話的で深い学び」についても。

「先生にすぐに『答えって何ですか?』なんて言っていたら、『最適解』、『納得解』を得る力はつきませんよ。」と伝えた。こう言うことで、「最適解」、「納得解」を得る授業をして下さいよ、と一緒に聞いている先生にも伝えたいとも思ったのだけれど。生徒は、23人の参加者だったが、先生方も10名近く聞きに来てくれた。

皆さん真剣に聞いてくれるし、くすぐりには受けてくれるし、頷いて聞いてくれるし、近くの人と情報交換してって言ったら、すぐにざわざわと話し合うし、反応がとても良かった。もしかしたら自分の話が超うまくなったの?と誤解してしまうほどの聞き手たちだった。講師をダメにしてしまうなぁと思いながら、あたかもホームのような雰囲気を感じた。そういえば、新潟中央高校の生徒たちにこうやって話せたのも離任式以来だったのかもしれない。

興が乗ってしまって、私の卒業学校である新潟大学と、修了学校である上越教育大学の比較をして、「上教大に進学するべきでしょう?」と熱く語ってしまった。新潟大学の卒業生だからということで、言いたいことも言ってしまった。

講演の後、質問もたくさん出た。これも素晴らしい。

  • コロナ禍の影響で、実技試験がなくなったけれど、何か影響はあるんですか?
  • 実技試験は、どの程度練習すれば良いですか?
  • 新聞を読んだ方がいいということでしたが、どんな読み方をすればいいですか?
  • 私は理学部にも進みたくて、小学校の先生にもなりたいのだけれど、教育学部に進むのがいいのか、迷っています。

などなど、もっとどんどん出た。

最後の質問には、学部では理学部に進み、理学を極め、中・高の免許を取得し、卒業してから本学の教職大学院に進んで、小学校の免許も取得するといいよ、と説明しておいた。本学教職大学院のPRは、今のうちから高校生にしておく必要性も感じた。それから高校の先生にも。

後援会が終わって、最後の質問をしてくれた生徒が残って、「まだ質問があるんです。」と言ってきてくれた。「今の子どもたちにはどんな力を付けてほしいですか?」と言うことと、「先生になるには、どんな力が必要ですか?」と言うことだった。私はどちらにも「多様性を受け入れられる力」と答えた。「ちょっとしたことで大勢で寄ってたかってバッシングをするこの風潮は、教育で解消するしかないから。」と伝えたら、納得してくれた。素晴らしい生徒たちだった。

春の講演会での大反省のもと、喋ることを絞って、時間内に収めたのも、功を奏したのかもしれない。テンション上がってアドレナリンが放出されて、なかなか寝付けなかった。しばらくはいい気分で過ごしていられる。

コロナ禍がちょっとおさまったこともあり、9月終わりから10月中旬にかけて、講演会、説明会のアウェイ連戦があるのだが、ちょうど中間地点でホームの雰囲気を味わい、あと2つのアウェイ講演会を迎える心構えができた。