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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

楽をしようと自動化システムにするが、楽にならないという話

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特に仕事に関して、平成の初期、「楽になるから」と思って、パソコンを覚え、効率的にいろんな処理をしようと思い立った。今、システムを作れば、次に同じような仕事をする時には楽になると考え、かなり時間をかけてシステムを作った。

例えば、古文単語をデータベースに入力して、カテゴリー分けをして、いつでも学習内容に見合った単語帳を打ち出せるな、と思った。

しかし、その「いつでも」は訪れなかった。だからどうなのかというと、そのシステムを作っている時は楽しかったな、という気持ちはある。

例えば、年に1回年賀状を出す時、住所録に入力しておけば、次の年は楽になるな、と思って、数年間はそれを使えるのだが、そのうちそのソフトは使えなくなったり、PCの機種を変えたりして、「こっちのアプリの方が便利だな」となり、またそのシステムを構築しなければならなくなる。

今、ある会費入金システムを更新している。約20年弱使用していたサービスが終了したので、新しいサービスに移行している。これがめちゃくちゃ面倒くさい。約20年前は、そんな便利なサービスが無かったから、今まで使っていたものを使うしかなかったのだけれど、そういうサービスはいずれ「勝手に」終了になる。そうしたら別のものに移行しなければならない。その時がすごく大変だ。

楽をしようとして自動化システムを構築するけれど、そのシステムが終了になったら、また苦労する。

その新たなシステムを構築すること自体に楽しみを覚えなければやっていられないという話。「プログラミング的思考」はこういう時に発揮されるんだな。

または、そんな自動化システムなんてやめてしまって、アナログな大昔からあるやり方だったら、「終了」になることはないから、実はそっちの方が楽では無いのか?という話。

数年前から年賀状の宛名は手書きにすることにした。