Pay it Forward,By Gones

上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

新潟シティマラソン2026(フルマラソン)

番組のエンディングにちらっとうつった

還暦記念にフルマラソンをエントリーしてみた。

今まで新潟シティマラソンは、ファンラン10㎞を走っていたが、エイドのフードが無いのと、最近は10㎞ではあっという間に終わってしまう感があったので、無謀ながらフルマラソンを挑戦してみた。

最後まで走れるなんて全く思っていなかった。ハーフマラソンは完走したことがあるので、30㎞や35㎞くらいを走って、「回収」されてもいいかな?フードを食べられればそれでいいや、と思っていた。

6月に上越でハーフを走って、ヘトヘトだったけれど、余裕も少しある感じで完走できたので、その後の練習で何とかなるかな?と甘く考えていたが、夏の暑い中5〜6㎞練習するとバテていたので、こりゃ、ヤバイかな?とも思っていた。

ところが9月になり急に涼しくなって、練習でも何度か10㎞以上を走れていたから、あ、走力がついてきたんだろうと、いい気になってもいた。2回くらいコースのみなとトンネルを走ったりして、下見もしていた。

天気が良さそうな予報なので、テンションも上がり、直前2日は禁酒をして臨んだ。

1週間くらい前にGeminiに聞き、ペース配分を考えること、と言われた。初めは1㎞10分位でいい、とアドバイスをもらった(こういう件はGeminiでもすっかり信じてしまう)ので、ゆっくりペースで走ってみたら、それでも7分だったので、こりゃ、10分で走るのは大変なことだ、と、そこだけ注意することにした。

制限時間7時間なのだが、自己申告タイムを7時間でエントリーしたので、並び順は一番後。スタートの号砲が鳴ってから、スタートラインをまたぐのに15分もかかった。おいおい、6時間45分で走らなきゃならないぞ。そして走り出したらのろのろで、これは1㎞10分以下となってしまう。こんなに遅いペースでいいのだろうか?


前日にまたGeminiに聞いた。Apple Watchに、ペース配分をコントロールしてくれる機能はあるの?答えはワークアウトのペーサーを使えということで、初めて使ってみた。こんなに便利な機能があったのか。いつから?今までその存在を知らなかった。

ということで、は10㎞くらいまではハイペースにならないように気をつけて万代橋を渡り、初めてのエイドに向かってがんばった。初めてのエイドは笹団子だけだったが、うまかったな。カップご飯はもう無くなっていた。


ここら辺から関門通過がだんだんシビアになってくる。足が動かないし、ペースもぎりぎりな感じ。


収容バスが気になってくる。それでも27㎞で、30㎞まではがんばりたい。
ここでのエイドに助けられた。加島屋のサケご飯に、ポッポ焼きがあった。折り返してこのエイドを過ぎるころにはサケご飯がもう無くなっていたから、ぎりぎりだったんだと思う。


30㎞を過ぎて、非常に焦ってくる。もうだめだと思ってくる。延々と信濃川縁を走るランナーの列が、こちら側にも見えるし、対岸にも見える。永遠に感じられる。35㎞を過ぎ、もうだめだから、一緒に走っていたカミさんに「先に行っていいよ」と伝えるが、「ここまで来て諦めたら意味ないでしょ?」と、鬼コーチぶりを発揮される。

いや、意味はあるよ。30㎞以上走るのが目標だったから、来年完走を目指したらいいじゃん、なんて思いながら、ほぼ歩く。両すねが痙り、両ひざが痛い。競歩並みの速さで歩けば痛みは薄れる。


写真にあるように、コース上の最終関門は、のこり5分で、これを過ぎればゴールの新潟市陸上競技場だ。この関門を過ぎるとエイドがあり、そこには超遅い私のようなランナーにも、ふんだんにフードがあった。カップご飯もあったし、バナナ、リンゴジュースで力をもらえた。

制限時間ぎりぎりで走っている「SWEEPER」の影におびえながら、なんとか後ろに迫られないように陸上競技場を目指す。しかし脚全体が痛い。歩けば1㎞10分で行くことができるのだが、それではぎりぎり時間が足りないぐらいだ。

残りの1㎞は走ろうと思い、それまでは歩く。私たちよりも後ろの人たちは結構いるのだが、時間制限を気にしないでいるのだろうか?それとも最後のスパートができる体力があるのだろうか?

と、残り数㎞の所で私のApple Watchが「到着しました」なんていう通知が来る。え?どういうこと?Apple Watchを頼りに走っていたのだが、正確に距離を計測していないの?もしかしたらみなとトンネル往復2〜3㎞が計測されていない?と、かなり不安になる。

なんとかあと3分を残してゴールできた。沿道のマリオの帽子をかぶって「スター」の絵を掲げてタッチさせてくれた(しかも2箇所で)お子さんと、鬼コーチのカミさんの助けで完走することが出来た。

そもそも完走なんて出来るはずがないと思っていたし、30〜40代のタレントが、フルマラソンを走るという番組で、トレーナーについてかなり練習して感動のゴールを迎えるという人ぐらいしか走りきれないと思っていたのだけれど、60歳の私でも時と場所の条件が合えば走れるんだな、と思った。

きっと私よりもしっかり練習して臨んだ人でも、たくさんの人が救護をされていたから、私はたまたま走り切れたんだと思う。


心拍数はこんな感じで、170まで行かなかったのも、完走の要因なんだろうな。もっと暑けりゃあっという間に170に達していたと思う。

タイムは6時間56分42秒。

フルマラソンを完走したから、目標が無くなってしまった。来年の目標はエイドにあったはずの「桃太郎」を食べることか?
www.seihyo.co.jp

ファイアー・ドーム

辻村深月 小学館 2026
図書館の新刊コーナーに目立つ形であったので、気になり借りて読んだ。

辻村深月のミステリーは初めて読んだのだが、本学図書館がどうしてこれを受け入れたのか、読んでみてわかった。

新潟県中越地方と思える山合にある小学校が舞台で、新潟大学と思える教育学部を卒業した2年目の女性の教員が主人公だった。

得てしてこういう地方を舞台にした物語は、地方の風土に根付いた「世間」のある意味の「いやらしさ」が描かれていて、「都会」には無いような「世間の目を気にする」とか、「チープな噂にとびつく」とか、なんかそこ出身の人が読んでいて「すっきりしない」気持ちになる*1のだが、この物語も冒頭はそんな感じだった。

でも、若い小学校教員の主人公が、そんな噂に悩まされながらも、周りの助けにより、跳ね返して(気にしないで)生きていける感じになり、一気に上下巻を読み終えたときにはカタルシスがあった。

20年前に起こった誘拐殺人事件と、今起こった男児失踪事件が有機的に絡み合って物語が進んで行く。

全編を貫くテーマは、「風評」であり、それにより実害(被害者差別、炎上、いわれのない噂の発生)で生きづらくさせていることに対して、過去にその風評を起こす要因が自分の勤めている新聞社にあったはずだと責任を感じている若い記者が、その風評へ切り込んでいくのが読後の「カタルシス」の一因でもあった。

久しぶりに長編ミステリーを一気読みできた。

*1:「風、薫る」の上越が舞台のシーンもそんな感じだった

いったんここにいます

こんなに豪華なノベルティーは初めて。ポッドキャストなのに。

このもやもやは、私が今まで投稿したものとは段違いのもやもやです。このもやもやに比べれば、今までの私の投稿はべた凪のようなものです。

私はマンガ、アニメ、ゲーム等が好きで、息子と話が合ったりします。

先日息子とアニメ番組の話をして、妻がそれを聞き、「それ、何の話?」と聞いてきて、息子は「◯◯だよ」とアニメの題名を伝えると、妻は「ふーん。」と言ってそのままです。

妻はアニメには全く興味はないので、私と息子の話をちょっと聞いただけで、自分の興味関心が向かない内容だと察することはできると思うのですが、必ずそういう話に割り込んで「何の話?と聞いてきます。妻に「ふーん。」で済ませない回答方法って何でしょう?

大吉さんの奥様は、大吉さんのプロレスやゲーム等の趣味にご理解を示されているとは思いますが、大吉さんがこのポットキャストでお話になるコアな部分は、分からない部分が多いと思います。そんな時、奥様は関心を示されますか?また、それに対して大吉さんはどんな風にご説明するのでしょうか?

例えば、マニアにしか分からないプロレスやゲーム等のTシャツを着ていて、奥様が「それ、何のTシャツ?」とお尋ねになったら、大吉さんはなんとお答えになっていますか?

私の妻への返答の参考にしたいので、是非お聞かせください。

#178 【皆さんのメールが命綱です!】 今回のゲストは柳沢... - 大吉ポッドキャスト いったん、ここにいます! - Apple Podcast

餃子格付け会議


今年の教育実習慰労会では、餃子格付け会議を行った。

要は冷凍餃子の食べ比べだ。幹事の院生2人がパッケージを隠して次から次へと焼いていく。我々は2個ずつ食べて点数を付けていく。

中には変わり種餃子もあって、チーズが入っていたり、黒胡椒が入っていたりと、みんなで感想をいいながら食べていった。

面白い趣向だった。

人目で私がいつも買っている餃子と外見で分かるのがあり、他の人たちもそれへの点数が比較的高かった。

総得点が高かった餃子はこれ。

越後まるきよ餃子|株式会社 NTフーズ

最高点を付けた人が一番多かったのはこれ。

餃子 - 株式会社幸楽苑の公式ウェブサイトです。

実習に行った人たちも、久しぶりにゼミ生たちでわいわいやれて、ホームに帰ってきた感じがしたのでは?と思う。

食べ過ぎたし飲み過ぎた。

これでみんな研究にシフトしていけると思う。

大統領のケーキ


2025年 イラク・アメリカ・カタール 高田世界館鑑賞

久しぶりの高田世界館だった。気が付いたら60歳シニア割りになっていた。1,400円でいつでも観られる。割引日じゃなくても観られるのはありがたい。

1990年代のイラクが舞台。フセイン大統領の誕生日には、全国の学校で、クラスで1人がクジで選ばれて(外れクジ?)ケーキをつくならなければならない。

しかしかなり貧しい家庭には、飢え死にするほどの負担となるが、横行されていて、実際にフセイン大統領がそんなケーキは食べること無く、強権的な担任教師がその場で食べて感想を言ってお終い。そんななのに10歳くらいの主人公は、祖母と命がけで街まででかける。

主人公は湿地帯に浮かばせた葦で作られた家に住んでいる。イラクってこういうところもあるの?ニュース映像では、爆撃されて建物が破壊された街しか見たことがない。主人公が行った街は、建物が建ち並んだ大きな街だったが、その街は、実際のイラクの街でロケしたそうだ。監督は、別の国でロケするのだったら意味が無いから、現地での撮影にこだわったそうだ。

本当にこういう専制的な、強権的な世界ってあったんだな、とも思うし、今でもそこかしこで存在している。

日本はどうだろう?と思うが、強権的な担任教師って、今でも、この近くにもいるし、子どもたちはそれを当たり前として、受け入れて、受け流して学校に通っている。

そして知らない間にものを考えられない(なんでも権力を受け入れる)大人になっていくのだと、考えながら映画を観ていた。そんな中、主人公は一生懸命一途に生きているところが健気だったが、子どもはそんな健気さなんて無くていいと思う。

最終楽章 響け♪ユーフォニアム 後編

2026年 日本 京都アニメーション T・ジョイ万代視聴

前編も見たのでもちろん後編も見る。T・ジョイ万代で観たのは、割引チケットが余っていたのと、ちょうどいい時間帯がそこしか無かったから。

他は朝イチか夕方遅い時間帯しか無く、T・ジョイは、昼の回があった。

公開開始1週間だったが、それほど混んではいなかった。そしてまさかのダイジェスト版の枠からはみ出さない映画だった。

テレビアニメでは、久美子が母校の吹奏楽部顧問になっている姿で終わっているのだが、

映画の中では久美子の進路先も明かされないまま終わっていたのでは?「そうなると思っていましたよ。」とみんなからいわれているが、「そう」が明かされないのはなぜ?

映画版では、もうちょっと久美子の顧問の姿の(テレビ版からの)続きもあってよかったようなものの……。

じゃあ、観る価値がなかったのかというと、全く相いうことは無く、大画面で大音量での演奏シーンは、テレビでは絶対に体験できないものだった。

「3」をおさらいしたくなった。

オデュッセイア


2026年 アメリカ イオンシネマ新潟西鑑賞

公開2日目に家族で行った。アメリカではチケットがなかなか取れないという盛況ぶりだったのだが、ここ、イオンシネマ新潟西は、いちばん大きな会場だったのだが、かなりのスカスカだった。月曜日からはきっと半分以下の会場に移るのでは?と思う。

もちろん坂本真綾さんがペネロペを演じているアンハサウェイの吹き替えだから、吹き替え版を観に行く。真綾さんの声を堪能できた。

172分という長さだが、まったく緩みを感じない展開で、クリストファー・ノーランは時系列を結構突然変更するから、それに付いていくのも結構大変だったのだが、でも、緊張できていいのかもしれない。

日本文化にどっぷりとひたっているので、ギリシャ神話の下地が無い分、空気感として分からない部分もたくさんあるのだが、これって
「千と千尋の神隠し」
「果てしなきスカーレット」
「Flow」
と思えるところもあって、そういうところからギリシャ神話の文化に触れているんだと思った。

旅人はもてなさなければならないという「ゼウスの掟」が全編を通じて描かれて、それが良い方にも悪い方にも振れるのだが、そのような掟や、マナーというか、モラルというか、そういうものを壊すことにより人間社会の崩壊が始まるということが描かれている。

それは、日本文化にもあって、戦いの時に名乗りをしなくなった江戸末期の戦争とか、経済価値が全てで、コスパ、タイパ最優先だと思っている現代とか。そういうものへの警鐘として受け取れる。

そういうところは夏目漱石「こころ」にも通じているんだな、と、いろんな「これって、アレか!」と気付かせてくれる映画だった。

原題は「ODYSSEY」で、「オデュッセイア」と何が違うの?とおもったら、「ODYSSEY」は、物語の名前で、「オデュッセイア」はその主人公の名前ということ。そうか、自動車は物語なのか。