Pay it Forward,By Gones

上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

雪かき仕事

「シリーズ・道徳を考える① 道徳ってなに? 内田樹著 こどもくらぶ編」を読んだ。ずいぶん前に手に入れていたんだけれど、いつでも読めると思って読んでいなかった。

今まで読んだどの道徳の教科書のエピソードより、納得できた。納得できたというか、「そういうことって日常的にあるよね」と思えて、それでいて「最善の答え」を出すのがとても難しいエピソードだった。哲学だった。
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この本の中で「たいせつ」と書かれているのは、「雪かき仕事」だ。誰かがやらなければならない(やったほうがいい)お金をもらえない仕事を誰がやるか?(簡単な例では、廊下に落ちていたごみを拾って捨てること。)昔、冬はバスで通勤していた頃、横断歩道のところにスコップが1台設置してあって、「思いやりのひとかき運動」というのを見かけたことがある。待っているときに、ちょっとだけ雪をのけて、他の人が歩きやすいようにしよう、というもの。それを「○○運動」じゃなくてもするっていうこと。

社会ではそれを誰かがやっているのだが、それをやってもその人には「得」にはならない。お金がもらえるわけでもない。でも、それを見つけてそれをやるかどうかは、その人にかかっている。「得」にならないから誰もやらなかったら、社会はちょっと生きにくくなる。「得」だけを考えて、「得」になると思えることしかやらないんだったらちょっとぎすぎすしてくる。

「得」にならない、むしろ「持ち出し」が多いことをやれるかどうかだし、やらないからといって非難されるのはおかしい。やったからといって賞賛されないかもしれない。そんな「雪かき仕事」で社会は回っている。ということが主として書かれていた。

とても大きい例として、タイタニック号の沈没が挙げられていた。そこで救命ボートに乗らず、他の人に譲って死んだ人、この人は「この人を助けることは自分の得になるから」なんて一切考えていない(むしろ「損」である)が、そういう行動が取れる。どうしてそういう行動が取れたんだろう?という投げかけがある。

物事を「得」、「損」だけで捉える人ばかりでは社会は回っていかないという話。ランキング上位を目指す人だけではなく、雪かき仕事ができる人も育てる必要がある。