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上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

「下流志向」を読む②「学び」とは?

内田樹著「下流志向」には「学び」について、以下のような記述がある。

よく知らない分野のことについて、誰が技芸にすぐれており、だれが自分をあやまたず目的地に連れて行ってくれるのかを決定しなくてはならない。でも、初心者はその定義からして、「目的地」がどこだかよくわかっていない。自分がどこに行くのか知らない人間が自分を目的地に連れて行ってくれる人間が誰であるかを言い当てなくてはいけない。……
 でも、僕達はそういうことを平気でやっている。まだ学んでいないことについて、「このひとならちゃんと教えてくれるに違いない」という直感を得ることができるからです。
(PP.150-151)

なんだか漠として空をつかむ先に「学び」というものが存在する気がします。あーだこーだ試行錯誤した後、知らぬ間に「学んでいた」というのが現実じゃないでしょうか?「思いもしないこと」が身についたり、「思いもしないこと」に気がついたりというのが「学び」にはあります。

『学び合い』でもそういうことが起こります。教えていたつもりが、実は気づかされたり、誰に何を聞けば自分がわかるか何となく解っていたり……。理由は明示しないのですが、試行錯誤の後に、ちゃんと身についている。子どもの活動を限定しないことに原因がありそうですが、それ以上に、教師が目標の到達点で待っているのではなく、教師が目標を指さして、「向こうだよ」と言っているからなのかな?と思います。",



"szeidzsi�w教師が目標の到達点で待っているのではなく、教師が目標を指さして、「向こうだよ」と言っているから・・・の表現、参考になりました。�x
F-Katagiri�w西川先生は、「自分ができないことを後進に求めていかなければ人類は発展しない。」とブログに書いていらっしゃいましたし、内田樹先生も「教師の仕事は星を指し示すだけでよい。」とインタビュー記事に書いてありました。<br>私のは二番煎じです。�x