Pay it Forward,By Gones

上越教育大学 教職大学院 教授 片桐史裕のブログ

学校は会社や工場ではないはず

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新潟県で20年前に新設された県立高校2校が募集停止になった。

新設した県立学校がたった20年で閉校(募集停止)となる。「中等教育学校は大学進学率が全国ワーストだった新潟県の教育水準を底上げするなど約20年の歩みの中で一定の役割を果たしてきた。」という意見もあるようだが、「役目が終わった(ニーズがなくなった)から閉校」というストーリーは、学校教育において、あるべき姿ではない。

例えば、佐渡中等教育学校は、両津高校に併設して作られた。その後両津高校が募集停止となり、結果的に佐渡中等教育学校が吸収した。

50年以上もの伝統があった両津高校(創設時は「新潟県町立両津高等女学校」)は、たった20年しか続かなかった佐渡中等教育学校に吸収されて消えてしまったことになる。

単に大学進学率順位を上げるためだけに伝統ある学校がなくなってしまうことに、「学校」というものの捉え方の違いを感じる。

学校は会社や工場ではない。交換可能な何かを生産したり、右から左に流すだけで利益を得るような組織ではない。

児童・生徒が1つの学校にいるのはせいぜい数年間(小学校や中等教育学校だったら6年前後)でありながら、その後の人生、良きにせよ悪しきにせよその時に経験したり、感じたりしたものに影響されながら生きていく。その学校があっという間に無くなった時の虚無感は、計り知れない。

私は幸い小、中、高、大と通った学校は現存しているけれど、保育園は無くなってしまった。中学か高校の時に新聞記事で母園である保育園が閉園という記事を見て、自転車で訪れた。幼少時の3年間通った保育園でも、かなり寂しい気持ちになった。母校が閉校という経験をしている人は世の中にたくさんいるとは思うけれど、きっと私の感じた虚無感以上のものを感じていると思われる。それほど通った学校への思い入れは強いはずだ。

なぜこれほどまでの思い入れを持ってしまうのか、というと、その理由の1つに、得た知識、技術、資格等の数値で計れる以外のものもたくさん得ることができたからだろう。「雰囲気」や、「匂い」や、「人とのつながり」というようなものだ。

例えば、工場だったら、良い製品を作るために日々改良がなされ、「もっと効率よく、もっと質の良い製品を作るため」だったら、工場の移転、建て替えは資金があれば率先してなされる。なぜなら、工場が移転、建て替えしても、作る製品は同じ(または、さらに良いもの)だからだ。

しかし、学校はそうはいかない。古い校舎に愛着はあるし、思い出、思い入れは建物や場所に宿る。移転、建て替えされると、そこに宿った思い出、思い入れはリセットされたような気がするものだ。津波被害で高台に町を移転させた地域もたくさんあると思うが、移転した地域への愛着は、簡単に生まれるものじゃないだろう。

学校の統廃合を「進学率順位向上のため」を理由に簡単におこない、「役目が終わった」「ニーズがなかった」からといって、簡単に廃校にしようと考えちゃう人は、学校を市場経済に当てはめてしか考えられない人なんだろう。そもそも本当に「大学進学」が県民のニーズに合っていたものなのか?20年前の県民は、新潟県外から出てでも大学に行きたがっていたのだろうか?その進学の「夢」を叶えさせる大学入学予備校的な高校を望んでいたのだろうか?

「大学進学率順位最下位クラス」からの脱却という思いが主になって、この教育政策が行われたとしか思えない。じゃあ、今、「最下位クラス」から脱却しているとして、高校教育が20年前と比べてどのように良くなっているのだろうか?

今年の新潟県高等学校新採用者数(中・高採用)は、約20人。(専門科目のみ。国、数等の「普通科目」は採用無し。)という状況で、若い教員が若い生徒に接する機会を阻んで、年齢構成をいびつにしている状況が、高校生にとって良い状態だとは思えない。(ちなみに、隣県の長野県の採用予定数は90名前後だった。)高校教員志望の優秀な教員は、どんどん隣県に流れていく*1

市場経済だったら、市場にニーズがなかったら簡単に生産を中止したり、制度を廃止する。同じように、ニーズのある、今流行りの学科を簡単に作り、10年後不必要になったら簡単に廃止するという単純な編制方針を考える人は、生徒を工業製品のように考えているとしか思えない。

学校は、社会に目に見えて役に立つ(=経済的利益を生む)人を輩出するためだけにあるわけではない。

「大学進学率向上」のために中等教育学校が林立された時期、私の「どうして進学率順位を上げなければならないんですか?」「最下位じゃだめですか?」にきちんと答えてくれた人はいなかったんだよな。

*1:もちろん、再任用という雇用保障政策があるのは解っているが、それでもいびつすぎないか?