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上越教育大学 教職大学院 教科教育・学級経営実践コース 片桐史裕のブログ

自粛と同調圧力

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4月4日(土)放送の「さんまのお笑い向上委員会」を見て、「あ、濃厚接触、大丈夫か?」と思ってしまった自分が嫌だ。どうやらひな壇番組も「自粛」の方針があるらしく、さんまのお笑い向上委員会も収録されなくなるのかな?と危惧してしまう。週一で楽しみにしている番組だし、私はお笑いのトレンドはここで受けとっているのだ。

それはそうと、半世紀以上生きていると、日本全体での「自粛」ムードは3回ほど経験した。1回目は昭和天皇崩御の時(大学4年生)。2回目は東日本大震災の時(阪神淡路大震災の時はこれほどでも無かったのはなぜか?)。3回目は今回のコロナ禍である。

昭和の終わり、井上陽水が「お元気ですか?」と車の窓から呼びかける自動車のCM(セフィーロ)で、「お元気ですか?」という声が消えた。大学4年生の私はこれが自粛ということなのか、と驚き、こういうことが起こるんだとも思った。とはいえ、脳天気なノンポリな大学生活を送っていたため、昭和から平成に改元する時に、ドラクエをやっていて、全く意識はしなかった。

東日本大震災の時は、テレビCMが無くなった。ACばかりが流れていた。当時の都知事が「こんな時だから、花見は『自粛』しましょう。」と言ったことに、そんなことを政治家が言うことじゃないと、反発して、都庁のもとにある公園で町山さんなどが呼びかけて、花見をやったのをオンラインで見ていた。忌野清志郎の曲をみんながそこで歌っていた。ちょうど私が転勤の時で、転勤先の「話し合い活動の授業なんて以ての外、大学受験のために偏差値を上げる授業をしなければならない。」という「同調圧力」に対して、憂鬱だったのだが、「やりたいことをやるしかない。」という勇気を与えてもらった。

今回のコロナ禍で、自粛ムードがもちろんあるし、自粛するところでは自粛しなければならないと思っている。「三密」は避けるべきだと思うし、避けてもいる。しかし、新潟は人はいないところは多いし、「お出かけ」として、人があまりいない、三密ではない場所に出かけて楽しむことがかなりできる。でも、外出禁止令が出ていないも関わらず、新潟でお出かけするのが全てダメなんていう同調圧力はおかしいし、「そう思っているんじゃないか?」と思ってしまう自分も嫌だ。マスクなんてどこにも売っていないのに、マスクをするのが当然、みたいな同調圧力。マスクをしないで歩いている私を「非常識」と周りが見ているんじゃないか?と思ってしまう私が嫌だ。私なんて必要なときには何日も使っているマスクを使うしかない。今日なんて布マスクを手縫いで作ってしまった。こんなの伊達マスクなんじゃないかな?

「世間の大多数はこうだから、あなたもこうするべきだ」というのが「同調圧力」だ。エビデンスが「世間」である。この同調圧力の方向が正しいかどうかは別として、誤った方向に行ってしまったことは何度かあったはずだ。もちろんその方向がいつも誤っていると言う気はないが、その重苦しい同調圧力を茶化す存在があってもいいし、茶化すまでもいかなくても、同調圧力を気にしない風に振る舞いたくなる気持ちはある。同調圧力に流されて生きるのだってそれはそれで必要な生き方なのだけれど、それに反する言動を封じることはとても危険なことだとも思う。だから私は、「同調圧力」の方向を批判することもしないが、私の言動を「同調圧力」の方向によって制限されたくないというのが本心だ。

世の中、いろんな考えがあっていいし、その考えを受け入れる覚悟はある。「受け入れる」というのは、その考えとおりになるという意味ではなく、「そう考える人もいるんだね。」と認識することだ。その考え自体を抹殺しようとは思わない。その考えがあまりにも不快な場合は、触れる度に不快になるのを避けるためにコンタクトを取らなくするだけだ。だから私の言動をあまりにも不快に思う人は、コンタクトを取らない手段をとってほしいとも思う。ネットではそれが簡単にできるはず。でも、私のためを思う人は、「そりゃ違うんじゃない?」と意見してほしい。

話を元に戻すと、「さんまのお笑い向上委員会」で私が感じてしまったことは、同調圧力に影響されたものだ。芸人たちの健康状態はきっと収録前にチェックしているのだろうし、あの程度の濃厚接触がダメだというのなら、今各地で出番のないJリーガーたちの練習なんて、全て中止にしなければならない。そんなことには思いもよらなかった。ああ、気を許すとあっという間に見方・考え方が影響されてしまう。恐い恐い。スポーツ中継が無いせいなのかな?と、責任転嫁したりして。